普濟寺の歴史

山門

天文年間に長尾景長の帰依により現在地へ移ったときに建立されたものとも、大永5年に作られたものとも言われている。禅宗の典型的な山門。

家康公お手植えの桜

一説によれば370年前、徳川家康公が親木を植えたと言われている。毎年、見事な花を咲かせる。現在は2代目の桜。

かくれキリシタンの石塔

東霊園の入口にある。地蔵尊の錫杖のところにクルスがみられる。

ぐちきき地蔵

境内にある「ぐちきき地蔵」は、日々の生活の中での不満や愚痴を大きな耳で優しく受け止めていただけます。
是非、お参りください。

家康公自筆の書翰

内容は大阪詰めの件につき家康公が差図。

竹に書いた恋文

江戸時代この寺は修行寺で、常に20人以上の僧がいて厳しい修行に明け暮れていた。色事などもちろん御法度であったが、そこは人の子、ある若い僧が里の娘と恋に落ちてしまった。逢うことができない二人は裏山の竹にそれぞれの思いを錐(きり)で刻みつけた。
いつしかその竹が伐採されて寺の煤竹として使われ、長い年月を経て我々の目に触れるところとなり、昔の悲しい恋がしのばれるのだ。

梵鐘


慶安2年(1649)に寄進されたもの。口径69cm。高さ126cm。駒の爪が外に張り出しているのが特徴。銘の中に羽附の古名、羽継がみられる。

布袋尊

「布袋尊」は、中国の後梁時代(906―921)の禅僧で、名を契此(かいし)といわれました。吉凶を予言する能力に優れ、弥勒菩薩の化身として伝説化されました。予知と金運の神として尊敬されています。弥勒とは、慈悲の意味です。弥勒菩薩は釈迦の実在した弟子の一人です。釈迦入滅後56億7千万年の後に、再び現世に出現し、如来となって衆生を救うことを約束された未来仏でもあります。未来を予知し正しい視点を得ることは、金運をもたらします。その弥勒菩薩になぞらえられた布袋は、七福神の中では、実在の人をモデルとした唯一の神です。

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